あけまして、おめでとうございます。

今年も江戸時代の川柳から一句。

   乳もらい 袖につっぱる 鰹節

母親がいないのか、近所に赤子を連れてお乳を貰いに行く父親。その父親の袖からお礼用の鰹節がのぞいています。昔はお乳の貰える

家に赤子を連れて行ったようで、子育ては今も昔も大変である。町ぐるみで子育てをしていた様子がみえます。

明治三十年ころの記録を拾い読みすると、施設に子供を返す時「いずれの里親も愛情の切なるより、別れを悲しみて涙押さえがたし」の光景が続いたらしい。養育していた子どもが施設に戻った後、行く末が決まらない場合などには、養子に賃うこともあったとのこと。また、里子の村を視察した人の話として「一村に里子の多く集まれるは、通常ならざるにより」疑問を呈する声も記録されている。

この里子委託方式も第二次大戦中に公費が打ち切られて終息を迎える。こんな話を友人にしていたところ、その村の篤志家の娘さんが里親となり、最近まで里親会の役員をされていたとのこと。播かれた種が枯れないで生きていたことに、人の営みの妙を見る思いであった。時代が違うので単純比較はできませんが、新年を迎えるにあたって何かヒントになればと思い一筆してみました。

理事長 青葉紘宇